タリウム少女の毒殺日記

タリウム少女の毒殺日記

『ここではないどこか』は存在するのか?

2013年9月7日、渋谷UPLINKにて鑑賞。
タイトルだけで観に行こうと思ったので、あらすじとか前情報は入れなかった。
毒殺していく過程をまとめたものと勝手に思っていたが、全く違うものだった。

映画を観ながら、そして観終えてから考えたこと。

  • タリウム少女は誰でもなりうるということ
  • 知っているつもりでその実ほとんど考えたことのない命というもの
  • 金魚の死と秋刀魚の死が同列ではないこと
  • 人が生きるということはご飯を食べるということであり、他者の命をもらうということ
  • 科学や医学の進歩がもたらしたものの背景のこと
  • 物語なんてものは無く、ただただプロゴラムがあるだけ

いろいろなことを考えさせてくれる映画だったと思う。

上映後にトークショーがあって面白い話をしてくれた。
2005年に宮台真司さんとの対談のときに出た話題だそうだ。
今いる場所に不満があるから人は『ここではないどこか』を求め、そこを目指す。
そしてやっと見つけた理想の地も不満が溜まり、新たに『ここではないどこか』を目指しはじめる。
結果、我々が思い描く『ここではないどこか』は永遠に見つからないというもの。
みんなが認めたくない部分を浮き彫りにした考えで、個人的にとてもよいトークショーだった。

ストーリー
物語なんて ないよ。プログラムしか ないんだよ。
科学に異常な関心を示す≪タリウム少女≫は、蟻やハムスター、金魚など、様々な生物を観察・解剖し、その様子を動画日記としてYouTubeにアップすることが好きな高校生。
彼女は動物だけでなく、アンチエイジングに明け暮れる母親までも実験対象とし、その母親に毒薬タリウムを少しずつ投与していく…。
さらに彼女は、高校で壮絶なイジメにあう自分自身をも、一つの観察対象として冷徹なまなざしで観察していた。
「観察するぞ、観察するぞ…」
≪タリウム少女≫は、自らを取り囲む世界を飛び越えるために、新しい実験を始める。

【スタッフ&キャスト】
脚本・演出:土屋豊
倉持由香 / 渡辺真起子 / 古館寛治

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