終わらない青

終わらない青 内容

『終わらない青』は、誰の物語か。

2011年6月16日、渋谷UPLINKにて鑑賞。
上映後のトークイベントに「にいやなおゆき」さんがいらして、感想を述べてくれた。
終わらない青の公式サイトにコメントを寄せていたので、それを下記に引用する。

にいやなおゆき(アニメーション作家)

『終わらない青』は、誰の物語か。
淀川に男児の遺体が流れて来たというニュースを、私はアルバイト先のラジオで聞いた。
今から二十数年前の事だ。

当時、私は大阪に住んでいて、淀川は毎日の散歩コースだった。
遺体は小学校低学年くらい。
警察は上流の小学校をしらみつぶしに当たったが、身元が判明したのは、二週間近く経ってからだった。
時間がかかったのは、彼が小学校に通っていなかったからだ。
子供の両親は出生届すら提出しておらず、その子には戸籍が無かった。
幼なじみ達が学校に行くのを見送り、彼は一人で遊んでいたそうだ。
彼を殺したのは実父か養父か、記憶は定かでない。
彼は、八歳だった。

バイト先のおばさんはニュースを聞き
「なんの為に生まれて来たんや」とつぶやき、吐き捨てるように言った。
「生まれてけえへん方が良かったんや」。
だが、その子の命は、誰の物なのか。
悲嘆の言葉とはいえ、「生まれて来ない方が良い」と言えるのだろうか。
わずか八年で終わったその子の人生を、しかし、いったい誰が、何の権限で評定できるのか。

『終わらない青』は、救いの無い映画だ。
ほとんどの観客は、そう思うだろう。

ストーリーの説明は控えるが、「あの子」の人生に、果たして意味はあったのか。
いや、それは人生と言えるものであったのか。
だが、愛し合いながらも、何故か負の循環に飲み込まれ、
そこから逃れる術を見つけられなくなっている家族全員を
繋ぐべき場所にいるのは、「あの子」だけなのだ。

『終わらない青』は、声高に問題提議をする作品ではない。
歪みの解決方法を示すわけでもなく、ヒーローの活躍でハッピーエンドになるわけでもない。
しかし、『終わらない青』を観た人々の心の中には、間違いなく「あの子」が住み着くだろう。

問うてほしい。
「あの子」は、何もしなかっただろうか?
「あの子」の命には、全く意味が無かっただろうか?
「あの子」は、我々に、何かを残さなかっただろうか?
家族が狂って行った理由は、分からない。
この社会全体の歪みが原因だろうが、それを正す処方箋など存在しない。
しかし、「あの子」に出会った我々の中には、何かの変化が起こったはずだ。
全ては、そこから始まる。

私は考える、「あの子」は幸せだったろうか。
即座に答えは浮かぶ。
「間違いなく幸せだった」。
母とともに雨に打たれ、果実を味わい、読書をし、青い空を見上げた「あの子」。
きっと「あの子」は家族全員に愛されるため。さらに、彼らの重荷を背負うために、やって来たのだ。
そして、さらに思う。
淀川を流れて来た「あの子」は幸せだっただろうか。「あの子」は、何のために生まれて来たのか。
「あの子」を愛した人は居ただろうか。 私には分からない。
しかし、二十数年経った今でも、私の中には「あの子」が住んでいる。

終わらない青公式サイトより

ストーリー
鬱気味な母・裕子と厳格なサラリーマンの父・哲也を持ち、来年に受験を控える高校生の水月楓は、幼い頃から両親の求める“いい子”を演じていた。
だが、楓は哲也から虐待を受けており、その傷跡を隠すためにメイクをして、学校でも優等生を演じている。
日常的に行われる自傷行為は、楓にとって心のバランスを保つためのものだった。
貧血で学校を遅刻しがちになり、数週間、生理がなく、家族や友人にも相談できないまま時間が経過する。
そんなある日、楓に宿った小さな命の楓に対しての無条件の愛を感じ取り、「産みたい」と思い、そして絶対に守ろうと誓う。
徐々に体に変化が現れ始め、父の虐待はエスカレートしていく。
楓の置かれた現実に対し、皮肉にも空はいつも美しく、ただ楓をじっと見ているかのようだった……。

【スタッフ&キャスト】
脚本・撮影・監督:緒方貴臣
水井真希 / 小野孝弘 / 三村純子
池崎みなみ 八木亜由美 樋口海生 高橋永 もも

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